今度こそアポに関するお話。

最初から言って結果はゼロだ。

 

5人アポって確かに二人で飲みにまでは行った。

 

さし飲みにまでは行ったのだ。

 

一人目は何が起きたかというとスタート前に課題があるという話で早めに上がらなければいけないという話で結局自分が引いてしまった。

 

二人目は会話を楽しんでしまいいい気分に酔って私がだるくなり終了。

 

三人目は終電まで飲んで終了。

 

四人は途中から友達参戦で終了。

 

五人目は私が酔って終了である。

 

つまり総じて何が悪いのかというとそもそもチキンなのである。

完全にフレンドシップ作戦を行っているのだ。

  

 

様々な反省点はあるのだけども一番の問題は私自身がテクニックなどを無視して、純粋に会話を楽しんでいることである。

 

 

はっきり行って上のツイート通りでありエロい方向に持っていかなきゃ起きることも起きない。

会話を楽しむことは大いに良いことだとは思うのだが肝心のフェイズの切り替えが自分にはできてないのだ。

また結構思ったことは既存の女友達は気軽にバンバン連れ出すことが可能そうでならばおそらく自分の評価は低くはないはずである。

 

もしかしたら友達としての評価の可能性もあるが笑

 

また金銭的に奢るなどは一切していないことからまだ完全なATMとはいえないだろう。

もう少し戦略的に動いていきたい。

 

「お前みたいなモテない男が、非モテコミットした女にアプローチするときにやる、唯一の戦略だよ。まずはセックスしたいなんておくびも出さずに、親切にしたりして友達になろうとする。それで友達としての親密度をどんどん深めていって、最後に告白したり彼女になってもらい、セックスしようとする戦略のことだ。」

出典:ぼくは愛を証明してみようと思う

とりあいず片っ端からアポった話。

最近、インターンとやらで適度にお金と適度な暇ができた。 だからこそこんな感じで過ごしていきたいと思っている。

 

 

愛の証明のためにもとりあいず片っ端からアポ取って飲むことにした。

 

理由は2つ。   1.そもそも非モテ問題の重大事は、アポまで行かない事だ。彼らは人生において女の子の脈ありサインなど一度も経験する事なくキモい童貞のまま死んでゆく。   脈ありサインが出て、しかもアポれてる時点で、かなり勝ち組の人生であることを自覚した方がいい。   2.LINEは純粋に事務的な道具だと言う事。日程だけ組めばよろしい。   女といたずらに文字のやり取りをすればするほど、建前さんとの会話が進む事になる。

出典:これからの「カネと女」の話をしよう。  

 

恋愛工学系やナンパ本は大体ストナンから始めるらしいのだがそれはあまりにも勇気がいることで まだ自分の中ではハードルが高い。

いつかはやりたいと思っているが。

 

やはり基本的に人と仲良くなるためには通常多くの回数が会うことが必要となるのだ。  

 

単純接触効果(たんじゅんせっしょくこうか、: mere exposure effect)は、(閾下であっても)繰り返し接すると好意度や印象が高まるという効果。1968年、アメリカの心理学者ロバート・ザイアンスが論文 Zajonc (1968) にまとめ、知られるようになった[1]ザイアンスの単純接触効果ザイアンスの法則とも呼ばれる。対人関係については熟知性の原則と呼ばれる[2]

出典:Wikipedia  

 

定説では確かにこの通りであり会えば会うほど確かに仲良くなれる。

かつての私もそう思い込んでいた。

しかしながら必死に会う回数やLINEのメッセージ回数をすればするほど 恋愛になった例がない。

この結果、私はいつでも遊べるベストフレンドを乱立させた。

よく考えれば当たり前なことで 相手のことをよく知れる=相手のボロが出るわけである。

言うなれば外観だけ美味しそうな食べ物を食べさせないで腐らせるような感じであるであろう。

恋愛においては合う回数を減らし基本的に付き合う前は完璧な虚像を演出続けるべきなのだ。

つまりこれからは行動を逆に振ることにする。

LINE回数をアポだけにとどめ現実で常に恋愛の方向に持っていくチャンスを取っていく。  

 

今月は既に5回のアポ飲みを実践したのだがそれはまた今度の話にしよう。

私は愛を証明しようと思う。

ナンパや恋愛本を多く読んで読んで数ヶ月。  

 

藤沢 数希の「ぼくは愛を証明しようと思う。」

水野敬也の「LOVE理論」

ニール・ストラウスの「THE GAME」  

などを読んできたが特にもっとも私が勉強になった本は、

 

  生物学の領域まで入りジャレド・ダイアモンドによる本「人間の性はなぜ奇妙に進化したのか」であった。  

 

そもそも私がなぜこのこのような本を読むことになったかというと

私にはあまりにも多くの女友達がいて彼女らの意見をなるべく再現しているのにも関わらず恋愛に発展することがめったにないからである。

趣味もダンスとバスケというモテそうな典型なのにも関わらずであった。  

 

またその交流を続ける中で彼女らの恋愛や男女について話すことが彼女らの行う恋愛とあまりにも矛盾していてわけがわからなくなってしまったことからであった。  

 

最初は男女だからこそ一応男の前だし本音を言わないと思っていたがどうやらそうではないらしい。

 

まさにこの通りであるかもしれない。  

 

 

彼女らの言う「優しい人が好き」とはなんなんだろうか。

彼女らの言う「ヤリ目とかサイテー」とはなんだろうか。

彼女らの言う愚痴はなんのメッセージを発しているのだろうか。

金持ちがモテるのはなぜなのだろうか?

そもそも何がモテるモテないの差を作るのか?

なにが彼女らの心を惹きつけ魅了し熱中させるのか?

なぜ突然冷たくなったりするのか?  

 

それは私が何度も問い続けたことであったが彼女たちですらわからないようであった。  

 

多くの人はおそらくこの時点で

「あいつはイケメンだからだろ」

「あいつは金持ちだからだ」

 

などと自己肯定をし始め疑問に思うことをやめ思考停止する。  

果たして本当にそうなのであろうか?  

 

そんなことを思い始めた大学一年の春。  

私は四年の彼氏持ちの先輩で童貞を捨てた。  

 

それは彼女たちのいう愛が全く嘘である証明であった。  

飲みの場ではあんなに一途で彼氏がどんだけ素晴らしいか語っていたのは何だったのだろうか。  

不思議である全く不思議である。  

 

愛とは何なんだろうか?  

 

ましてや愛はうまく使うことができれば 紐男やATMと言った呼び方があるように対価すら貰えるのだ。

リアルなキャッシュとして  

また同時に結婚という制度についても疑問を持った。

 

世間では結婚は愛の表明などという形で祝福され素晴らしいもののように思われているが 法学部出身の私としてはなぜわざわざその愛を契約で縛る必要があるのかと思った。  

 

「永遠の愛」が存在し信じることができるのならばそもそも契約などで縛る必要はないのであろうか?

そんなことを思った。  

だからこそ恋愛工学の本のように私も私なりに愛を証明したいと思ったのだ。  

 

アルジャーノンに花束を」  

 

知らなければ幸せな世界があることがあることも最近わかったけども。  

 

既に私は愛について無知ではいられない。  

 

これから現実に近いフィクションの恋愛に関する日記もつけていきたい。  

 

かなり無理矢理感が強いが、“女性はセックスして初めて男性に好意を抱く”高らかにそして、センセーショナルに宣言しておく。好かれたい相手なら尚更、抱きにいかなくてはダメなのだ。

引用:豪商元年のオリンピック  

 

恐らく私は本に書かれている男女の違いやPUAたちのいう上のような現実を信じたくないのだと思うが その理論でPDCAを回し、その間違いを証明をしたいのだ。