私は愛を証明しようと思う。

ナンパや恋愛本を多く読んで読んで数ヶ月。  

 

藤沢 数希の「ぼくは愛を証明しようと思う。」

水野敬也の「LOVE理論」

ニール・ストラウスの「THE GAME」  

などを読んできたが特にもっとも私が勉強になった本は、

 

  生物学の領域まで入りジャレド・ダイアモンドによる本「人間の性はなぜ奇妙に進化したのか」であった。  

 

そもそも私がなぜこのこのような本を読むことになったかというと

私にはあまりにも多くの女友達がいて彼女らの意見をなるべく再現しているのにも関わらず恋愛に発展することがめったにないからである。

趣味もダンスとバスケというモテそうな典型なのにも関わらずであった。  

 

またその交流を続ける中で彼女らの恋愛や男女について話すことが彼女らの行う恋愛とあまりにも矛盾していてわけがわからなくなってしまったことからであった。  

 

最初は男女だからこそ一応男の前だし本音を言わないと思っていたがどうやらそうではないらしい。

 

まさにこの通りであるかもしれない。  

 

 

彼女らの言う「優しい人が好き」とはなんなんだろうか。

彼女らの言う「ヤリ目とかサイテー」とはなんだろうか。

彼女らの言う愚痴はなんのメッセージを発しているのだろうか。

金持ちがモテるのはなぜなのだろうか?

そもそも何がモテるモテないの差を作るのか?

なにが彼女らの心を惹きつけ魅了し熱中させるのか?

なぜ突然冷たくなったりするのか?  

 

それは私が何度も問い続けたことであったが彼女たちですらわからないようであった。  

 

多くの人はおそらくこの時点で

「あいつはイケメンだからだろ」

「あいつは金持ちだからだ」

 

などと自己肯定をし始め疑問に思うことをやめ思考停止する。  

果たして本当にそうなのであろうか?  

 

そんなことを思い始めた大学一年の春。  

私は四年の彼氏持ちの先輩で童貞を捨てた。  

 

それは彼女たちのいう愛が全く嘘である証明であった。  

飲みの場ではあんなに一途で彼氏がどんだけ素晴らしいか語っていたのは何だったのだろうか。  

不思議である全く不思議である。  

 

愛とは何なんだろうか?  

 

ましてや愛はうまく使うことができれば 紐男やATMと言った呼び方があるように対価すら貰えるのだ。

リアルなキャッシュとして  

また同時に結婚という制度についても疑問を持った。

 

世間では結婚は愛の表明などという形で祝福され素晴らしいもののように思われているが 法学部出身の私としてはなぜわざわざその愛を契約で縛る必要があるのかと思った。  

 

「永遠の愛」が存在し信じることができるのならばそもそも契約などで縛る必要はないのであろうか?

そんなことを思った。  

だからこそ恋愛工学の本のように私も私なりに愛を証明したいと思ったのだ。  

 

アルジャーノンに花束を」  

 

知らなければ幸せな世界があることがあることも最近わかったけども。  

 

既に私は愛について無知ではいられない。  

 

これから現実に近いフィクションの恋愛に関する日記もつけていきたい。  

 

かなり無理矢理感が強いが、“女性はセックスして初めて男性に好意を抱く”高らかにそして、センセーショナルに宣言しておく。好かれたい相手なら尚更、抱きにいかなくてはダメなのだ。

引用:豪商元年のオリンピック  

 

恐らく私は本に書かれている男女の違いやPUAたちのいう上のような現実を信じたくないのだと思うが その理論でPDCAを回し、その間違いを証明をしたいのだ。